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宮部みゆき『ブレイブ・ストーリー 上』 [日常読んだ本]

ブレイブ・ストーリー (上)

ブレイブ・ストーリー (上)

  • 作者: 宮部 みゆき
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2006/05/23
  • メディア: 文庫


 この小説はファンタジー小説ではない。とてつもない、いや身近にありそうな現実的絶望に裏付けされた冒険物語である。

 角川文庫版『ブレイブ・ストーリー』の上巻では、なぜ主人公のワタルが幻界(ヴィジョン)へと旅立つことになったのか、旅立ちの動機としての父母の離婚(正確には別居)にまつわる物語が描かれる。前半では、典型的な戦後の核家族—専業主婦の母、仕事でなかなか帰ってこない父、しかし父を尊敬し、母を愛する子供—がごく普通の幸せな毎日を過ごしていく姿が強調される。ところが、家族は崩壊する。突然に父は結婚前に付き合っていた女と暮らすために家を出て行き、父と母が結婚したいきさつがその女によって暴露され、母は子との心中を決意する。この危うく心中に巻き込まれそうな所を、同級生のミツルによって助けられ、運命を変えられる力を持つ女神がいるという幻界へと彼らはそれぞれ旅立つ。

 小説の筋を一歩引いて眺めると、理屈と情愛という二項対立が目につく。序盤は理屈屋の父、その遺伝子を受け継ぐ子として描かれていた両者が、後半は「若い女のケツ追っかけて女房子供を捨てる」、情愛の父と、それに対して至って正論で抵抗する子の対立として描かれる。ここで、随所に挿入される思春期特有のありようというありがちなスパイスが効く。通常の分別のない子供と理性的な大人という対立よりも、この小説では、むしろ「理性的」(通常の理性的とはもちろん違う意味で)な子供と、理性を超える、情愛に左右される大人という図式が思春期という中間項を挟んで成立している。息子が父に対して、理詰めで離婚の正しさを問うと、父はあれこれと理屈を付けながらも、結局は大人にならなければ理解できないことだと身をかわす。俗な意味において大人になるということこそが、ワタルがこの離婚を理解するのには必要なわけだ。

 離婚というだけでは、今の時代はどうということはなく、ワタルのこのケースは十分に不幸だが、上巻を読んだだけの私としては、幻界へと旅立つことを選択するリスクを負うほどの動機たりうるのかがわからない。運命なのだから、引き受けろよ、とも思う。映画のホームページを見ると「うまくいかない現状を自分が受け入れて、そこから進んでいくことが出発点なんじゃないか」と宮部みゆきは書いている。ということは、結局は引き受ける方向性なのかな。このとき、運命を変えるためという幻界に行くことの意味が変質するわけだから、何かあるのでしょう、この後に。いずれにしても、ただのファンタジーではない。現実と密接に絡んだ問題意識のある幻想の世界、その現実はとてつもなく重いし、その部分だけでも十分小説たりうる濃厚さ。果たして、アニメにしてどうするのか。上巻を読む限りは、メリットで頭を洗ってきなさい、というテレビのCMのような親子関係ではないし、子供たちが単なる冒険ものとしてわくわく楽しめるようなものでもない。映画ではかなりマイルドな味付けになっているのかも。

 では、中巻を読んでみようかと思いつつ、この本の下には全く違う本がおいてあるのでした。


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